就業規則変更は同意していない個別労働者をも拘束する

使用者と労働者

1.退職金規定の不利益変更

農協の合併により退職金が不利益に変更された労働者A。就業規則の一部である退職金規定の変更により、労働条件を変更することはできるのか?

最高裁で争った結果、会社側の就業規則変更が認められた事件です。

2.会社の下した判断には合理性がある

大曲市農協事件
最高裁 昭和63年2月16日第三小法廷判決

最高裁の判決要旨は次のとおりです。

①就業規則変更が合理的であれば、不同意労働者をも拘束する
②またその合理性には労働者の不利益程度を考慮してもなお、変更の必要性があるかが問題となる
③会社の合併により単一の就業規則を作成する必要性は高く、もし無ければ支障が出る
④合併折衝過程で労働条件の是正が議論されてきたが、間に合わなかった
⑤労働者Aらの労働条件は給与賞与面で増額され、一定の措置を講じられている
⑥よって就業規則の不利益変更を行った会社側の処分は効力を持つ

3.今後の判断に対する道しるべとなる判例

最高裁の判断では、

不同意労働者をも拘束する、就業規則変更の条件となる合理性

の具体的な考え方が示されています。この判例からの蓄積が一つの結論を導くことになります。

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就業規則変更による定年延長と減給

使用者と労働者

1.賃金の不利益変更

55歳定年(実質58歳まで継続雇用)を60歳定年に改めた同社。定年制度変更に伴い、55歳以降賃金の引き下げを決定しました。

労働者Aはその措置により実質的に59~60歳の2年間がタダ働きであると主張。最高裁で争われましたが、会社側の取扱いが合理的であるとして認められました。

2.労使間の利益調整も合理性の判断材料に

大曲市農協事件
最高裁 平成9年2月28日第二小法廷判決

最高裁の判決要旨は次のとおりです。

①就業規則変更が合理的であれば、不同意労働者をも拘束する
②またその合理性には労働者の不利益程度を考慮してもなお、変更の必要性があるかが問題となる
③合理的の有無は不利益の程度、変更の必要性と相当性、代償措置、労組交渉などで判断する
④労働者Aの不利益は賃金引下げであるから相当な労働条件の不利益変更であると言える
⑤しかし社会情勢および公的機関からの要請により定年延長は避けられないものであった
⑥また定年延長は労働組合からも要請されていた
⑦一方で定年延長には人件費増加、中高齢労働者の増加という問題も生じる
⑧よって55歳以降の賃金体系見直しは必要性の高いものであった
⑨同社は社員全体ではなく55歳以降の賃金体系のみを改めたがそれはやむを得ない
⑩変更後の55歳以降賃金は他行または一般企業から比べて高い
労使間の利益調整も十分行われている
⑫よって就業規則の変更には必要性、相当性があると言える

3.不利益労働者に対する経過措置

合理性の判断材料が列挙され、説明されました。もう一度挙げると、「不利益の程度、変更の必要性と相当性、代償措置、労組交渉」です。これに加えて、河合伸一裁判官が、経過措置」の必要性を主張しました。

高度な不利益を受ける労働者に対する、期間限定の措置のことです。この経過措置の必要性の主張は、以降の判決に重要な影響をもたらします。

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多数派労働組合との合意の効力は?

使用者と労働者

1.多数派労働組合との合意の意義

高齢労働者の賃金カットに迫られた同社。少数派労働組合に加入していた労働者Aはこの賃金カットに反対でしたが、多数派労働組合は交渉の末、変更を認めました。

これに対して、労働者Aが会社を相手取り、賃金カットに反対。労働者側の主張が認められた事件です。

2.労働組合との合意のみを重要視することはできない

みちのく銀行事件
最高裁 平成12年9月7日第一小法廷判決

最高裁の判決要旨は次のとおりです。

①労働者Aの不利益を考えると、多数派労働組合との合意を大きな判断要素とすることは出来ない
②もとより企業には賃金カットをせざるを得ない状況に陥ることはあり、賃金カットが合理性を持つ場合もある
③企業の存続、整理解雇、失職などを避けるためには賃金カットがやむを得ない場合もある
④しかし同社の賃金カット必要性と、労働者Aの不利益を比較すると、労組との合意のみを重要視することはできない
⑤よって会社の就業規則変更により賃金引下げは認められない

3.労働契約法に引き継がれる判決要旨

第四銀行事件で、就業規則変更の合理性判断要素に挙げられた労働組合との折衝。確かに重要な要素ではありますが、労働者の受ける不利益を考慮すると、多数派労働組合との合意のみをもって重要な判断材料とすることは出来ないとした点がポイントです。

明確な反対派がある場合には、個別の経過措置を盛り込む必要性があることを示しています。
本コラムの3つの判例を見ても分かるように、就業規則という画一的・統一的なルールの変更で、個別労働者に不利益が生じる場合の考え方は非常に重要なものと言えます。

これら判例は、労働契約法9条、10条に引き継がれているのです。

労働契約法 第9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法 第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。

ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条(労基法基準以下)に該当する場合を除き、この限りでない。

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就業規則変更による降格制度導入

使用者と労働者

1.人事評価制度導入による賃金減額

R社に勤務する労働者Aは就業規則の改定により、職能資格を次々に落とされ賃金は3分の1程度になりました。

AはR社を相手取り、減額分の賃金の支払いを求めて提訴し、一部が認められました。

2.人事評価制度導入における労働条件不利益変更

アーク証券事件
東京地裁 平成12年1月31日判決

東京地裁の判決要旨は次のとおりです。

①旧就業規則では一旦備わっていると判断した能力を否定することは、
②制度上想定されていなかった
③つまり到達した階級を下げる趣旨の規定はなかった
④R社は新制度で降格が出来るようにしたが、
代償措置、改善措置、経過措置を採らず、合理性に欠く
⑥業績悪化の中での労使調整の経緯もない
⑦よってAの訴えは一部認めることが出来る

3.制度導入(変更)における合理性欠如・手続き不備

新人事評価制度の導入前には想定されていなかった降格が、制度導入により設定されました。

これを東京地裁は、労働条件の不利益変更であるとして、合理性の欠如・導入における手続き上の不備だと指摘しました。

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周知されていない就業規則の効力は?

使用者と労働者

1.周知されていない就業規則

周知されていない就業規則に基づき懲戒解雇された労働者A。

最高裁は、周知されていない就業規則に基づく懲戒解雇は認められないと判断しました。

2.周知手続きを踏まない就業規則に基づく処分は不当

フジ興産事件
最高裁 平成15年10月10日第二小法廷判決

最高裁の判決要旨は次のとおりです。

①会社が労働者を懲戒するには、就業規則で予め定めておく必要がある
②就業規則が拘束力を持つためには、周知の手続きが必要である
③同社は労働者代表の意見を得て労基署へ届け出たが、周知していない
④よって同社の懲戒解雇は法的な根拠を持たない

3.就業規則の合理性と周知性

労働契約法第7条に引き継がれる論点です。

労働契約法 第7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。

就業規則が労働条件となりえるためには、合理性と周知手続きが必要であることが明言された判例です。

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就業規則変更に同意を与える事と意義がない事の違いは?

使用者と労働者

1.就業規則変更に対する労働者の同意

退職金の支給額を就業規則で3回不利益に改定したK社。もともとの退職金額に対して、

1回目の変更:33%ダウン
2回目の変更:50%ダウン
3回目の変更:100%ダウン(支給しない)

それぞれの従業員代表の意見書、個別労働者の合意が論点となった事件です。

2.単に異議がなかっただけでは、合意とは言えない

協愛事件
大阪高裁 平成22年3月18日判決

大阪高裁の判決要旨は次のとおりです。

①就業規則変更に合意した労働者には労働契約法9条は適用されない
②よって10条に言う合理性・周知性の判定は不要である
③しかし単に意義を述べなかったというだけでは合意と認定できない場合がある
④第1回の変更は全労働者の同意の下、適正に行われたと認定できる
⑤残る2回の変更では、意義を述べなかったと言うことだけであり、合意があったとは言い難い

3.合意を得る方法にも注意

労働契約法9条に示されている、労働者の合意。

労働契約法 第9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

では、合意があれば不利益に変更することは出来るのか?その場合の変更の合理性と周知性が問題とならないのか?これらの点が検討された判決です。判決では、合意があれば10条の要件は不要であるとしつつも、変更の程度に応じて、その合意を得る方法も異なると示されました。

特に重大な不利益変更に関しては、合意を得たとしても、その説明過程や合意を得る方法に注意が必要であることが示された判例と言えます。

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>>③年次有給休暇の基礎解説
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【この記事の執筆者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士、行政書士、奈良県橿原市議会議員
タスクマン合同法務事務所 代表
 〒542-0066 大阪市中央区瓦屋町3-7-3イースマイルビル
 (電話)06-7739-2538 
(投稿日時点の法制度に基づき執筆しています。)